瀬津佐 拓馬 オフィシャルブログ

日頃感じる思いを素直に綴ってます。

情報番組の司会者

近年、情報番組のMCにプロのアナウンサーではなく、タレントや

 

芸人が増えている。

 

その理由は何だろう。

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番組の魅力作りをMCの人気に頼っているんではないか。

 

確かに、情報を的確に伝えるにはプロのアナウンサーの方が聞いてて安心するし

 

間違いも少ない。

 

しかし、どの情報番組も内容がほぼ同じな場合、結局視聴者はMCの好みで

 

番組を選ぶのではないか。

 

その番組のMCが好きか、嫌いか、聞いてて耐えられるか。

 

番組の内容よりもMCやゲストに重きを置く番組が多い。

 

やはり視聴率偏重主義になっている。

 

その趣向が露骨に感じられる番組は、質が低く感じてしまう。

 

私は、MCが誰かより、より正確に早く情報を入手したいために

 

みる。

 

タレントコメンテーターの安易な意見を省いてでも、専門家の調査に

 

基づいた納得のする意見を聞きたい。

 

結局、私が多く選択するチャンネルはNHKになってしまう。

 

もっと、民放番組は、玄人向けの硬派な番組を作ってほしい。

 

コロナ禍の今、テレビを見る人も増えているから、なおさら

 

多種多様な人の嗜好に合わせた番組作りを希望する。

 

グルメ、旅番組、クイズ番組、が人気なのはわかる。

 

見ていて、安心感があるのは理解できる。

 

しかし、より専門的な分野を掘り下げた番組も、もっと見たい。

 

よって、今後の TV業界はユーチューブに負けないコンテンツを作るためには

 

MCや出演者頼りではなく、その質の向上に注力すべき。




デジタル教科書のメリット

近年、デジタル教科書を使用する小中学校が増加している。

 

I教育の分野でも、IT革命が起こるのも当然の流れである。

 

それでは、この風潮のデメリットは何だろう。

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確かに、今後社会での活躍が期待される子供たちにとっては、学校で

 

デジタル機器に触れる事は、とても良いことだ。

 

触れることによって興味も増し、ずっと紙媒体を利用している。

 

子供との差は歴然としてくる。

 

しかし、まだ日本語の読み書きがあやふやな小学生にこのような

 

機器を与えるには、時期尚早である。

 

なぜなら、機器の操作方法は理解が進んでも、肝心の日本語の

 

理解が追いついて行かなければ、デジタルの利点を享受するのに

 

足枷となってしまう。

 

日本語の読み書きの習得と同時にデジタルの恩恵を勉強すると

 

頭は多分混乱するはず。

 

小学生に英語を習得させるデメリットと似ている。

 

この場合は、頭の中が日本語と英語の二か国語を理解しようとして

 

も混乱してしまい、両方とも中途半端になってしまう。

 

この状況と似ている。

 

ある程度、日本語の読み書きや文法を理解している中学生から

 

デジタル教科書を使用して方が、その後の習得の速度も違うはず。

 

大人は、何でも早く子供に社会の習慣を触れさせようとするが

 

子供の頭や精神の成長度合いを考慮すべき。

 

小学生時代には、その頃でなければ経験できない貴重な体験を

 

過ごす時間が必要。

 

それが精神形成に多大な影響を及ぼす。

 

よって、デジタル教科書の使用は、子供の成長度合いを見てから

 

使用するべき。

自殺を減らしたい

よく行く飲食店のトイレの個室に入って驚いたことがある。

 

個室のドア裏のフックが取り外されている。

 

一度、付けたものを、明らかに後から、何らかの理由で外した。

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コート類をかけるためのフックであり、その利便性よりも優先する

 

理由に気づいた時は、愕然となった。

 

自殺防止である。

 

他にもある。

 

駅のホームの飛び込み防止ホームドア。

 

この設置には、鉄道会社は多額の費用を捻出していると聞く。

 

ビルの屋上の飛び降り防止ネットも、その意味合いもある。

 

それほど自殺衝動に駆られる人を、少しでも無くそうという配慮

 

と推測する。

 

日本は外国に比べて自殺者の割合が多いと聞く。

 

年代別で見てみると若年層も多いが、これから日本を背負って行く

 

若者にそんな感情を抱かせる大人の責任も重い。

 

また、職を失い生活に困窮している人や、生きる術のない高齢者、

 

を救済するシステムを国は考えるべき。

 

どんなに収入が高くても、どんなに贅沢な暮らしができても

 

自殺者が減らないのはなぜだろう。

 

世界一清潔で安全な国と言われているが、実はそこに暮らしている

 

人の幸福度は低いということだ。

 

そんな自殺者が急増する世の中の現状は非常に残念だ。

 

よって、自殺を食い止める手段も必要だが、自殺に追い込まれる人を

 

救う手段を皆んなで論じるべき。

  1.  

今後のコンビニに期待

日本でのコンビニの普及は、目を見張るものがある。

 

私も、外出時に何度か助けられた経験がある。

 

ハンカチ、髭剃り、コンタクト用商品など急な時に利用した。

 

たしかに、とても便利な存在だけど、あまり利用を控えるのはなぜだろう。

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まず、衛生的な問題。

 

駅前立地の店舗に多く見られるが、床や陳列棚の清掃が行き届いていない。

 

食品をメインに扱う場合には、私はこれを重要視する。

 

次に、品揃えの問題。

 

醤油やソースなどの調味料が必要な場合、選択肢があまりにも少ない。

 

健康に良くない添加物たっぷりの商品が多く、価格もほぼ定価販売だ。

 

店のスペースの問題かもしれないが、今やドラッグストアの方が、

 

商品のバリエーションやお買い得商品は豊富だ。

 

最後に、店のサービスはどうだろう。

 

決して私が望むレベルには達していない。

 

店員の会計時の接客態度、お釣りの渡し方、質問された時の対応の

 

仕方などは、今後、見直した方が良いかもしれない。

 

しかし、魅力的な部分も多い。

 

狭いスペースでの効率の良い運営、公共料金支払い、ATM、宅急便

 

の取り扱い、郵便利用、メルカリ発送、コピー機の設置などだ。

 

顧客の要望がきめ細かい日本にコンビニを広めた功績は素晴らしい。

 

今後は、食品の取り扱いの割合を急速に高めてきたドラッグストアに

 

真似できない戦略を立て、立て直しを図って欲しい。

 

よって、現状のコンビニでは私は、あまり買い物をしないだろう。

文系理系の意味

近年、進学時の文系理系の区別が曖昧になり、別の呼称を推奨する

 

動きがある。

 

それでは、高校2年生手前から選択を迫られる、この進学進路決定の

 

意味はどこにあるのだろう。

 

文系は学問的商業的、理系は研究者的など、イメージだけが先行している。

 

これだけ、多種多様な職種がある現代、通用しなくなっている。

 

大人は、ちゃんとこの進路選択の意味合いを、高校生に教えているだろうか。

 

たしかに、この時期に進路を決定しなければ、専門分野の勉学に時間的

 

制約がかかるし、将来自分がどういう生き方をするかを、模索する良い機会

 

である。

 

しかし、年齢的に早すぎないだろうか。

 

なぜなら、この時期に自分が文系理系かどうかの判断が、できるのだろうか。

 

数学が得意不得意ぐらいしか、この時期で判明しない。

 

それを、判断基準にして良いのだろうか。

 

ある分野に特化して勉強し、将来、この専門分野も研究者になり、社会に貢献したいという、志を持つ若者は、どれだけ存在するだろうか。

 

もう少し、世の中や社会の仕組み、資本主義世界の成功失敗を勉強してからでは、

 

遅いのだろうか。

 

早急なこの時期の判断が、将来取り返しのつかない判断には、なって欲しくない。

 

それを、修正できる社会になって欲しい。

 

若者の可能性は無限である故に、それを無理に狭めている。

 

海外では、どうだろうか。

 

大人になってから、これが本当はやりたかった事と嘆く人がいる。

 

それは自分の責任だが、それを救済できるタイミングを若い年齢から

 

作ってあげて欲しい。

 

よって、文系理系の進路選択方法は、今後再考の余地あり。

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変った法律

世界には、思わず笑ってしまう不思議な法律がある。

 

あくまで私の個人的な見解だが、日本にも導入したら面白い

 

法律を紹介します。

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『容姿が美しくない女性はビキニを着てはいけない』(イタリア)

 

いかにもファッションにうるさいイタリアの法律だ。

 

女性差別の傾向は否めないが、自分の容姿についてあまりよく

 

理解してない人を、日本でもたまに見かける。

 

これは、ファッションの個人的な定義による。

 

自分のためか、人に見せるものかによって違う。

 

自分が快適で自己満足が目的か、飽くまで他人に見せるスキルであり

 

自己表現の手段か。

 

ふたつに分かれるだろう。

 

他人に迷惑を掛けなければ、何を着てもいいだろうという意見も

 

あるが、他人に悪印象を与えるのは、どこまで迷惑か判断が

 

難しい。

 

結論だが自由を尊重する側面から、やはりこの法律の施行は無理だろう。




『妻の誕生日を忘れることは犯罪である。』(サモア

 

冗談のような法律だが、どうやって取り締まるのか気になるところ

 

である。

 

忘れたら、どういった罰が待っているのか。

 

ここまで厳しく取り締まっても、忘れてしまう人は妻に対する愛情に

 

欠けている。

 

結婚記念日、婚約記念日、血液型、などは忘れがちだ。

 

逆に女性は賢いので、こういう事象は本当に記憶してくれている。

 

記憶力や愛情に薄い世の男性に向けられた法律である。

 

施行できでも、その運用に多々困難があるだろう。




『4時間以内に、ニンニクを食べた人は公共の場に行くことや

 

公共の乗り物に乗ることを禁じる』(アメリカ)

 

これは、ぜひ日本に導入して欲しい。

 

しかし、匂いに関しては、感覚的な個人差があるので一概には言えない

 

部分もある。

 

4時間と明確に断言しているのも、どこまで科学的な根拠があるのか

 

疑問だ。

 

日本では、この問題はマナーの分野になるが、口臭などは本人が

 

気づかない場合も多いので、周囲の人がやんわり注意してあげるのも

 

他人に対する心配りだ。

 

法律化は、不可能だが、全ての人が罰則があるくらい口臭には

 

気を配って欲しい。

 

以上の法律は、現在実際に施行されているかは、不明であることは

 

ご了承ください。

昭和時代のギャグ

近年、昭和時代に流行ったギャグやジョークが死語になりつつある。

 

これは、避けられない運命だが、どれだけあるか、私の独断と

 

偏見で列挙してみる。

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①「牛乳瓶に底みたいなメガネかけて!」

 

相手が極度の近視の場合、それを表現する冗談。今は、牛乳が瓶で販売

 

されるのは少ないので、子供たちはすぐには理解できないだろう。

 

②「おまえのかーちゃんでべそ!」

 

子供の喧嘩で相手の家族をバカにする言葉。今は、でべその子も減ってきて

 

いるので、多分子供は理解できない。

 

③「冗談はヨシコちゃん」

 

冗談は、よしてくれ!の代わりにいう言葉。よしこちゃんは、現代的な名前では無

 

く、全く子供には面白さを理解できないだろう。

 

④「目の上のたんこぶ」

 

ギャグでは無いが、邪魔な存在を表現する言葉。

 

今の子供達は、外であまり遊ばず、怪我も少ないので、頭にタンコブをつくる

 

ことも少ない。よって、ピンとこないだろう。

 

⑤「余裕のよっちゃん!」

 

相手に何か依頼された時に、余裕で出来ることを表現する言葉。

 

よっちゃん という商品名があったが、今は無く、よって理解できない

 

言葉になる。

 

⑥「当たりマエダのクラッカー!」

 

当たり前ということを、強調する言葉。

 

これも⑤と同様で、昔よく売れたマエダ社製のクラッカーを知らなければ

 

何も通じない。

 

⑦「あっと驚くためゴロー!」

 

驚いた時に言うジョーク。

 

昭和の番組内で作られたギャグ。

 

⑧「よっこい庄一」

 

よっこいしょという、掛け声を元にしたギャグ。

 

横井庄一さんを知らなければ、面白くもなんとも無いギャグ。

 

⑨「そんなバナナ!」

 

そんな馬鹿な! の代わりに言うギャグ。

 

⑩「全く頭がピーマンなんだから」

 

相手を馬鹿にする言葉。

 

中身がないピーマンに例えた。

 

代表的な10個のギャグやジョークを選出したが、中高年の人は、絶対に

 

言わないことを勧める。